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大慶寺もう一つの顔 |
「寺というのは、かつて民衆が集まる精神修養の場所でした。今は葬式と法事以外に、寺にはあまり人はこなくなりましたが、かつて寺は人々の精神生活と深く結びついていたのです。およばずながら、そんな寺をつくりたいと思いまして。」
「寺というのは私物化するにはあまりにも広い伽藍があるんですね。その境内を開放して本物の芸術や芸能を島の人や檀家の人たちに接してもらい、人生を考える場になれば、寺本来の役割が果たせるのではないかと思いまして。真言密教は壮大な哲学をもっていますが、それを説明するのはむずかしい。それよりも芸術や芸能の中に真理はいくらでも見つけることができます。」
ある日、地方回りの芸人が大慶寺を訪れ、「佐渡へ来て芝居を打ちたいのだが、誰も相手にしてくれない、寺の本堂を貸してくれないか」と頼まれ、その若者たちの真剣さにうたれた住職が檀信徒14、5人に頼んで観客になってもらい、若者たちの芝居を見たところ、予想以上に芝居は面白かったので、「せっかく広い本堂があるのだから芝居小屋もない若者たちに、この空間を貸そう」と思い立ったのが大慶寺小劇場の始まり。
これまでコンサート、演劇、一人芝居、大道芸、インド舞踊、詩の朗読など、様々な演目が上演、そしていつの頃からか、口コミでこの大慶寺本堂が演芸ホールとして使えるという噂が広まり、ついには超大御所タレントの加藤登紀子さん、永六輔さん、中村八大さん、オスギとピーコなど、本堂に立った人は多士済々です。
最近では、猿八座(西橋健さん主宰)と英国「ハートランド室内オペラ」が共演する「しのだづま」の公演や、フラメンコライブ、外人講師による幼児対象の英会話塾なども開かれ、鬼ごっこやゲーム、リズム遊びや本堂のピアノにあわせて子どもたちが歌う姿なども見られます。
永六輔さんがはじめて大慶寺の門をくぐられたのは昭和55年頃でした。知人の紹介で奥様と秋山ちえ子さんと3人でお出になり、お付き合いがはじまり、その間に中村八大さんやオスギとピーコ、哲学者の山田宗睦先生らと来山され、講演会など開いていただきました。中村八大さんとは本堂のピアノで「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」など、永さんの作詞、中村さんの作曲のものをメインに一世風靡した名曲を演奏、オスギとピーコとは三人で「世相放談会」を、山田先生とは「かけあい講演」などさまざまな講演会が開催されています。
マルチタレントで知られる永六輔さんはは東京下町浅草にある寺の住職の息子として生まれたので、昨年奥様を無くされた後のコンサートでは、まずご本尊にお経を唱えられたのです。
加藤登紀子さんとは昭和55年7月大慶寺本堂でコンサートを開いたことがきっかけでおつきあいがはじまりました。その時の「加藤登紀子ほろ酔いコンサート」の様子を昭和59年NHK「朝の随想」で紹介したものを再掲します。
その4年前の夏、佐渡へテレビのロケーションに来て、にわかに大慶寺の本堂でコンサートを開いていただきました。スケジュールでは佐渡で歌う予定がなかったものの、人気歌手が来るのに歌わない手はない、是非どこかで公演してほしいと地元の関係者に懇請されたため、それならとテレビ会社がOKし、ただし、入場料はとらないこと、ホールとか体育館とかは避けて、絵になる意外性のある場所でやる、という条件がつけられたので、大慶寺に白羽の矢がたったようです。
決まったのは公演の5日前でしたので、おおあわてでチラシを作って配ったり、立て看板を出したり、新聞に案内記事をお願いしたりと客集めに東奔西走したのですが、そんな心配は無用なほど、当日は本堂隅々まで客でびっしり、さらに入りきれない人たちが境内に大勢あふれていたのです。入場者は全部で700人を超えていたと思います。
超満員の中、ギターを抱えた加藤登紀子さんが日本酒一升瓶とコップをかたわらに置き、テーマ「ほろ酔いコンサート」でコップ酒をあおっては歌ったり語ったりしました。本当にお酒が強いお人で公演が終わるころには一升瓶の酒は半分になっていました。ほろ酔い気分と超満員の客に気をよくした加藤さんは一時間半の公演予定が乗りに乗って三時間近くも歌いまくり、最後は加藤さんと客が総立ちで「佐渡おけさ」を合唱し、幕を閉じました。
※大慶寺小劇場の入場料は投げ銭制
観客は公演のあと、10円 100円 1000円と好きなだけザルに入れ、それを出演者と寺で折半します。「もちろんうちは赤字です」
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長屋門(ギャラリー・美術館) |
天保13年(1842年)江戸期建築の、しっとりした風情の茅葺白壁の長屋門の左手部分がギャラリーになっています。長屋門は通常左右対称に造らますが、この長屋門は左寄りの珍しい形態です。ドイツの美術建築家ブルーノ・タウトも絶賛したこの長屋門は建築学的にも白壁と下の濃茶の板とのバランスが絶妙です。
1979年6月に、現住職がギャラリーを設立、納屋であった長屋を改築し、絵や写真の展示、島内民芸品の展示即売、小集会もできる文化活動の場として島民に提供してきました。
当時佐渡ではギャラリーらしきものは稀で、個展を開く人も限られていたため、裂織り、竹細工、木工品、わら工品など民芸品の展示に力をいれ、作者の発掘やポスターの掲示に走り回ったものでした。その他、切り絵、写真、手作り人形、子どもの作品(不登校児中心)、ちぎり絵、絵手紙など展示を企画してきました。
今では島内公民館講座や自主グループで学ぶ主婦層の趣味のひろがりもあり、程度の高い作品が多く見られます。
また、月一回の「おそば&トーク」も好評で、おそばを食べながら作者をはじめいろいろな人との交流が楽しめます。
「ほかの所へは恐ごうて入れえんけもここは来やすいっちゃ」といって近所の人やお寺参りのお婆ちゃんも立ち寄ってくれます。
真中の休憩室は堀ゴタツ式で真中にいろりをおいて、しばしの団欒ができるようになっています。
「ギャラリーでの展示に興味や関心を示すようになったのは島民の特に婦人層が自己の存在を大切に生活しはじめた現れではないでしょうか。自分と向きあい、自分を何かで表現出来たらどんなに幸せなことでしょう。」
◆展示の御案内
毎年4月~12月、20日間から一ヶ月のサイクルで、毎月一種類のテーマでギャラリー展示します。
いわば自己表現の場です。
木造建築という木のぬくもりが感じられる展示場で、島内で作られる織物や工芸品、絵画や写真、時には外国の作品等も展示依頼があります。不登校の子どもの詩や絵の展示もします。趣味の域、駆け出しOKです。
お問い合わせ、展示のお申込みは
大慶寺 TEL:0259-63-2530
◆工房ひらり
不登校を経験して悩んでいる親子が自信を持って生活し、いずれ学校へ行けるようになることを願って提供している癒しの場・フリースペース「工房ひらり」はストレスで疲れた会員(子どもを含めて)が自由に過ごせる憩いの場です。中にはパソコンもあり、そこで勉強したり、粘土細工でモノを作ったり、時にはお寺の薪割りを手伝ったりします。毎日午後からの開放で、半年くらい通っている子もいれば、10年くらい通っている子もいます。毎週水曜日は皆で老人ホームのシーツ交換に行くなど、ボランティアを通じて人の役にたてていることを実感し、喜びを感じられるようになります。
◆エコひびき佐渡
ひきこもり、不登校の子どもたちの社会復帰事業としてNPO法人ひびきの会を1994年7月設立しました。月一回の例会や不登校に関する講演会等を開き、地域の人達への理解の手助けになればと考えています。毎年恒例、8月は障害者(精神障害者)の作品を展示し、親も子と一緒に参加します。
会費:月額300円
◆ボランティア求む!
学力不足を補う指導者。中学校程度の指導が可能な方。簡単なパソコン指導ができる方。
お問い合わせは
ひびきの会 担当 近藤 洋子 TEL / FAX :0259-63-2530
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大慶寺本堂:演芸場、舞台に早がわり
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ブルーノ・タウトに絶賛された長屋門
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長屋門ギャラリー入り口
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ギャラリー内部
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民芸品展示
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工房「ひらり」
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工房「ひらり」内部 |
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